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nmtr220

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酷道・険道・林道から生活道路、その他何でも有り
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2011.06.07    カテゴリ:  風景・風情 

   【through the forest】木地師の里と林道御池線110525

~山深い鈴鹿山中、かつて「木地師の里」として栄えた集落を繋ぐ舗装林道~


この日「石榑峠」探索の後、久しぶりに向かった滋賀県道34号多賀永源寺線ですが、

残念ながら途中の通行止め表示、犬上郡多賀町方面へは行け無いようなので急きょコース変更。
oike110525
(動画からの抜き取り画像です)


過去のレポートはこちら
09.12.09 初冬の犬上ダムと洗い越し

09.08.26 犬上ダム@滋賀県道34号多賀永源寺線

09.08.26「洗い越し」と東近江市立政所小学校跡


国道421号線から滋賀県道34号線を走り、政所町へ向かいます。


「茶摘み歌」
♪宇治は茶所、茶は政所、娘やるのは縁所~宇治は茶所、茶は政所、味のよいのは九居瀬の茶~

聞いたことが有るような、無いような・・・

ここ政所町は、あの秀吉も好んだ銘茶として全国に名の知れたお茶の産地です。


今回も廃校になった東近江市立政所小学校跡に立ち寄った。
oike110525

この環境にはあまりにも不釣り合いなほど立派で、フェイクの木組みが印象的な校舎です。


建物正面2Fに歴代の校長先生と思われる古い写真見えます。
oike110525


カーテンが閉じられていないので、公開されているのだと思う。

多くの写真から、林業が盛んだった頃のこの地の繁栄が垣間見えます。

(後で気付いたが、看板の文言から見学ができるのかも知れません)



御池川(おいけがわ)沿い、蛭谷町(ひるたに)の集落を過ぎたあたりに林道御池線への分岐があります。


分岐からしばらく進むと君ケ畑の集落内を通過し、林道御池線で多賀方面に向かうことになります。

君ケ畑は、はるか1100年以上の昔「木地師発祥の地」としてかなり有名なところ。

oike110525


動画とセットでご覧ください。



【through the forest】木地師の里と林道御池線110525

※字幕の誤字等、ご容赦のほど。








♪BGM by H/MIX GALLERY♪
http://www.hmix.net/
Copyright(C)2009 Akiyama Hirokazu. All rights reserved.


これまでの動画はこちら
Youtube
ワッチミー!TV
Zoome


東近江市君ヶ畑町の集落には数十軒の民家がありますが、一部廃屋となった建物も見受けられます。

昔ながらの伝統的な家屋が今なお残されており、冬季の雪深さが想像されます。


道路沿いに「君ヶ畑ミニ展示館」があったので覗いてみました。
oike110525

職人技の数々が展示されています。
oike110525
(SECOMのシールが貼られていました。SECOMさんもスゴイがどこの拠点から来るのだろうか?)



「木地師」とは

山の木を伐採し、ろくろを使ってお椀やお盆、こけしなどをつくる技を持つ人々(職人さん)のこと。

今から1100年以上の昔、惟喬親王(これたかしんのう)がこの地に隠棲した折、

ろくろで木地を加工する技術を編み出したのが始まりとされているそうです。

親王はその技法を木地師に教え、木地師たちは全国にちらばって木地製品を広めたようです。


かつて木地師は「日本全国の山に勝手に入ってよい」という免状を持っていたそうで

江戸時代には山の8合目以上の木を自由に伐ってよかったそうです。

しかし明治の地租改正により所有者の許可がなければ伐ることができなくなり、

生業として成り立たなくなり衰退していったようです。


※集落の様子をたくさん写真に納めたかったのですが、数軒の民家からの視線が痛く

これだけです。
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集落の外れ「ノエビア鈴鹿高山植物研究所」の先にある林道御池線の終点表示
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ノエビア鈴鹿高山植物研究所


舗装林道ではあるが、落石や路上河川化したところが後を絶たず、全く気を抜けない道ですが

周囲の景観は言うことがありません。

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あちこちの空地に四駆車が止まっていましたが、どうやら釣りをしているようでした。


落石・路上河川でいっこうに速度が上がらず、ようやく峠付近の表示板
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道路脇には植林されて間もないところもあります。
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この林道はこれからも維持管理され利用されることでしょう。


思いのほか時間を食ってしまい、鈴鹿山中の廃村めぐりはまたの機会に。


最後に、ろくろ工房「君杢(きみもく)」についての記事がありますのでご紹介しておきます。
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------(2011年1月3日 読売新聞より)------
発祥の地技磨く木地師
200年ぶりに復活 「ベスト尽くすだけ」
木の最も美しいところを引き出そうと、ろくろに向かう小椋さん(東近江市君ヶ畑町で)
材料の木材が積み上げられた工房で、高さ60センチの電動ろくろの前に座る。
円盤状に切り出した直径約30センチの木をセットして、スイッチを入れる。
車輪のように縦に高速回転する木の表面に、長い柄の付いた「ろくろ鉋(かんな)」の刃を当てる。
木くずを飛び散らせて削り、くぼみを作っていく――。
「以前は刃が引っ掛かって、よく木を飛ばしたもんや」
東近江市君ヶ畑町で唯一の木地師、小椋(おぐら)昭二さん(59)は顔を上げ、
盆の形になった木地の仕上がり具合に視線を注ぐ。
15年前、「発祥の地で200年ぶりの木地師復活」と騒がれた〈伝承者〉は、
「木の最も美しいところを見せたい」という目標に向かって日々、技術を磨く。
   ◇
ろくろを使い、盆や椀(わん)などの木地を作る職人を「木地師」と呼ぶ。
発祥の地とされる三重県境に近い山里・小椋庄の君ヶ畑地区。
約1100年前、皇位継承争いに敗れた惟喬(これたか)親王が都落ちしてこの地に隠棲(いんせい)し、
木地師の礎を築いたという。
周囲の山々から切り出される良質の木で盆や椀のほか菓子器、茶入れなどが数多く作られ、
小椋庄は「木地師の里」として知られるように。
多くの木地師が輩出、全国に広がったが、
君ヶ畑地区では江戸後期に最後の木地師が没して以降、技術を継ぐ者は現れなかった。
   ◇
小椋さんは、地区で代々続く製材所の次男に生まれた。
18歳で家業を手伝い始めたが、1980年頃から原価の安い海外産に押されるなどし、仕事が減った。
林業をやめ、山を下りる人も増えた。40歳を過ぎた頃から「木に携わる物づくりをしたい。
この地で続けるなら、木地師しかない」と思うようになった。
94年末、富山県内のろくろ作品展に足を運び、会場で、愛知県豊田市の木地師・安藤英一さん(86)を紹介された。
95年8月、約束なしで訪ねた安藤さんの工房。
「君ヶ畑から来たなら教えん訳にはいかん。でも君ヶ畑で木地師をするなら、ええ加減なことはするな」。
いきなり、「君ヶ畑」の重みを突き付けられた。
ろくろの使い方を教わり、その場で2時間、菓子器を作った。「面白くない。出来すぎじゃ」。
安藤さんがぼそっと言った。「元々、木工をしとったし、割とスムーズに出来るもんやな、と思ったけどな」
1か月後、自宅そばにろくろ工房「君杢(きみもく)」を開き、デビュー。
発祥の地での木地師復活にマスコミも押し掛けたが、番組収録中に木を飛ばす失敗もあった。
現実は甘くなかった。発祥の地とは言え、資料はない。自己流に技術を磨き、試行錯誤が続いた。
「木の一番美しいところを見せる」。
そのために、漆は塗らず、削りと磨きだけで木目の美しさや艶、滑らかさを追い求める――。
デビューから1年。それまでにない手触りの盆が完成した。
うれしくて、枕元に置いて一晩中触り続け、安藤さんに見せた。
「焼き印入れて、売っていい」。最高の褒め言葉だった。
   ◇
盆は水洗いができず、茶渋で磨く。時間がたてば、漆を塗ったようなあめ色になる。
50年、60年と使え、親から子へ、子から孫へと受け継がれ、かけがえのないものになる。
それが、小椋さん自身も教わった、盆の使い方だという。
発祥地として、君ヶ畑を木地師やお客が訪れる。人間国宝も立ち寄ることがある。
「どんな風に見てるんやろか」と、ふと不安に駆られることも。
ここで木地師を続けるのは怖い。だから長年、君ヶ畑で木地師が途絶えたのかもしれない。
木地師になって15年がたった。目指す頂にはまだまだだが、今日もろくろを回し続ける。
「自分のベストを尽くす。それしかないさかい、な」
(山下陽太郎)
(2011年1月3日 読売新聞)


帰宅後、早速我が家の「お盆」はどうか見てみると、

・・・・・・・案の定、樹脂でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・。



それでは、また。

※最後までご覧いただき、ありがとうございます。

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SevenFiftyさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

この小学校はエントランス正面のデザインがいいでしょう。
このままではもったいなくて、なにか再利用の可能性はないものでしょうか・・・

実際はこの林道よりも県道の方が見所が多くて良いのですが通行止めではいたしかたなく。
こんなところですれ違うバイクはほとんどオフ車ですが、ビクスクでもゆっくり走れば大丈夫ですよ。
それでは。
こんばんは。
SevenFiftyです。

毎回感心するんですがすごいとこ走っていますね。
廃校の小学校もあまりお目にかからない立地ですね。
それにしても狭い林道を工事のダンプカーが走っているのもすごいです。
桜井の駅さん、こんばんは。
ご覧いただいてありがとうございます。

何かのついでに寄るような所ではないですね。
奈良からだとあちこち放射状に行けるのですが、北摂以西だけは苦手。

「木地師発祥の地」と新道開通が過疎の街にどんな効果・影響があるのか
ちょくちょく様子を見に行きたいところなんですよ。
それでは。
T2さん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

こんな所に研究施設があったとは、所員の方々は住み込みなんでしょうね。
冬季の過ごし方が非常に気になりますが・・・

職人技は何でも見入ってしまいますね。年期がものを言う世界は今頃になってあこがれます。
木製の調度品は今もありますがそのほとんどが合板・集成材、本物にはかないません。
それでは。
R421(八風街道)はヤフー街道では無くはっぷう街道と読むんですね。
なかなかのどかで走ってみたい気がしますが大阪泉州からだとやや遠いです。
木地師発祥の地ですか、なんとなく曽爾村をイメージします。
無垢の木っていいですよね・・・使い込んでいくうちに色や手触りも変わっていく・・・今は、どうしても安くて軽いプラスチックが選ばれてしまいますが。
ノエビア・・・昔、製薬会社の研究員の方々はバイオの新たな効能素材を探しに野山を歩き回っている、菓子と薬、化粧品は同じルーツを持つといったことを聞いたことがありますが・・・このような所にもあるのかな。
ん~オフロード車への食指が疼く・・・汗






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