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2011.04.15    カテゴリ:  街道紀行 

   【街道紀行】旧和歌山街道-珍布峠(めずらし峠)110330

~国分け伝説の里・義経と静御膳の面影偲ぶ伝説の地~

今回で4度目の訪問となる珍布峠(めずらし峠)ですが、

ここは毎回いろんな発見がある不思議な場所。

某ブログの方は早くにレポートされているのに私はいつも半月以降、時期外ればかりです。


さて、見所は何と言っても見事な岩盤切り通しの峠、その岩肌は先人の苦労を物語っている。

さらに、アマテラスオオミカミによる伊勢と大和両国の国境を定めた「国分け伝説」と「礫石(つぶていし)」

またさらに、芳野(吉野の雅称?)を逃れた源義経と静御前が通ったとされる「道行谷」などなど。
(これは伝承の域を超えないようであるが・・・)


今回の発見は、

峠の案内板の足元にある五体の小さなお地蔵様。

赤いよだれかけが掛けられていました。

mezurashi110330


お地蔵様は赤ちゃんを助ける仏様だと言われるように、

このお地蔵様も「礫石(つぶていし)」の言い伝えにちなんだ物かも知れません。


言い伝えとは、

旧和歌山街道を行き来した旅人は子供を授かるように願いをかけ、

この「礫石」に向かって小石を投げ、

小石が「礫石」に当たれば男の子、はずれれば女の子が授かると言われ

現在でも多くの人が訪れるそうです。

mezurashi110330

mezurashi110330

※子作り真っ最中の方は一度願掛けされたらいかがでしょう?


前回のレポートはこちら
2009-1
2009-2


珍布峠のカイドマップはこちら

珍布峠のウォーキングコースはこちら




今回も動画とセットでご覧ください。

静かな峠道を等速でお送りします。




【街道紀行】旧和歌山街道(旧紀州道)-珍布峠(めずらし峠)110330
(再生がスムーズな方でご覧ください)

三重県松阪市飯高町宮前⇒同、赤桶






Music
♪ しわくちゃの手
♪ ら、さくら(2011)
Written & Performed by nj(エヌジェイ)
"nj's site kiss & hug"
http://nj-pop.jp/

♪ ASOBEAT
http://www.yonao.com/asobeat/

これまでの動画はこちら
Youtube
ワッチミー!TV
Zoome

★nj (エヌジェイ)さんの曲も聞いてみてくださいね。



この峠道には様々な言い伝えを記した案内板が多く設置されています。

これらの案内板は中学校の校長先生、柳瀬才治氏(故人)とその教え子たちの手によるものだそうです。

なんとこの方、あの有名な巨匠・小津安二郎監督が若い頃、

ここ飯高町の「宮前尋常高等小学校」で1年だけ代用教員として教壇に立った際の教え子だそうです。


mezurashi110330


ところで、珍布峠(めずらし峠)の名の由来ですが、

天照大神が、この地で天児屋根命(あまのこやねみこと)に出会ったときに

「あら珍しや、天児屋根命ではないか」と言ったので、「めずらし峠」となったらしい。


さて、案内板の順を追ってご紹介します。


民家の軒下にある「霊符山の道標」を過ぎ、集落の家屋が途切れた所にあるのは

「木戸の一軒屋」
mezurashi110330

瀧野村(宮前村)の西の出入り口に当たる。
実際に門(木戸)があった訳ではない。
一件の茶店があって煙草や駄菓子などを売っていた。
ここから(赤桶村の)谷出まで人家がなく道行谷に沿ったこの茶屋が道行く人を慰めてくれた。
度々の道路改修や戦時中、松並木は一本も残らず倒されてしまった。


続いて山筋の下にあるちょっと怖いような

「死人谷」
mezurashi110330

この少し上で谷水を飲む様子でその侭死んでいた行倒れがあったが人通りが少なく長い間気がつかなかった。
後に村人は無縁仏にして葬ったが、この谷は誰云うとなく死人谷と嫌った。


さらに続いて、義経と静御膳の面影が偲ばれる「道行橋」

「道行谷」
mezurashi110330

櫛田川の一支流この谷川と道行谷この土橋を道行橋という。
なんともロマンティックな名で、芳野を逃れた源義経と静御膳が通ったという古老の話も知る人は少なくなった。
真偽の程は定かでなくとも公簿の上の「道行谷」の地名と言い伝えは残したい。

mezurashi110330



※水屋神社の義経伝説

「源義経が文治の頃吉野の山を出て伊勢の神宮へ参詣の途次、

赤桶の相模(サガミ)峠にさしかかるや突然黒雲が起こり、雲の中から八幡の旗がひるがえった」

義経はこの吉兆に慶び、ここに八幡社を建立し、自らの剣を奉納したと伝えられています。

残念ながらその義経の剣は残存しません。(明治四十年、水屋神社に合祀)

「水屋神社」HPはこちら
(今回のレポートについて、大きく参考にさせていただきました)



さらに続いて、峠の手前にある

「石灰爺さん」
mezurashi110330

此処に生国も見寄も名前も定かでない一人暮らしの老人が住んでいた、
何処で習い覚えたか山から掘り出した石灰岩から石灰を作っていた。
時折り里へ出て味噌等を買いお酒を飲むと
蝶々がムカデに惚れたとさ
何で惚れたと問うたなら
おアシの多いのに惚れました
と上機嫌に浪曲を語って村人の人気者であった。
この石灰爺さんも昭和の初め頃から何処へ行ったか姿を見かけなくなった。


ようやくメインの珍布峠(めずらし峠)

mezurashi110330

mezurashi110330

mezurashi110330

※何度みてもすばらしい!!!


峠を過ぎた所にある「検校橋・禰宜橋・坊主橋」

「検校・禰宜・坊主」
mezurashi110330

昔、知恵者と云えば検校・禰宜・坊さんが代表的な人であった。
参勤交代の主要道路、紀州みち和歌山街道は百五十年程前の改修工事の際、
無名土橋は小さいながらも欄干付の洒落た橋になり
検校橋・禰宜橋・坊主橋と名づけられて道往く人の話題になり里人に親しまれた。




最後に 「国分け伝説」 について

むかしむかし、ある日のこと。天照大神(あまてらすおおみかみ)が白馬に乗って旅をしていました。
飯高町の赤桶(あこう)にさしかかった時、「誰か、この地の国境を知るものはいないか?」とお尋ねになりました。
すると、水屋の森から春日の神でもある天児屋根命(あめのこやねのみこと)が現れ、
「この下の“堺ヶ瀬” が伊勢と大和の両国の堺でございます。」と答えられました。
ところが大神はその答えに満足されず「この堺はちょっとおかしい」とおっしゃられ、
石を川に投げ入れて、波の止まるところを国境と決めることになりました。
大神はそばにあった大石を軽々と持ち上げ礫のように川の中へ投げ込まれました。
川水は滝のように流れ落ち、後にそのあたり一帯は「滝野」と呼ばれるようになりました。
また落下した水は川上へ流れ込み、
その波の様子からそれぞれの地名を「加波(かば)」の里、「波瀬(はぜ)」の里、「舟戸(ふなと)」の里、
そして波は止まったところを「波留(はる)」と名付けました。
波は高見山にまで達し、大神はこの日から高見山を伊勢と大和両国の国境とするとお決めになりました。
(旧飯高町ホームページより)


道の駅「飯高駅」にて

mezurashi110330

久しぶりに温泉につかる予定でしたが、水曜定休でした。



今回で4度目にもかかわらず、峠にばかり目が向いて

肝心の「礫石」を一度も見ていないと言うお粗末なレポート。

川沿いの斜面を下りたところにあるらしいが、これも次回の楽しみではある。

それでは、また。



※最後までご覧いただき、ありがとうございます。

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SevenFiftyさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

> 目的には飯高駅より西側にある茶倉駅からほど近い深野のだんだん田です。
そうですか。できれば近々に予定したいと思います。

> デジイチなんてとんでもないです。
デジカメであれだけのものを残せるのですね。
と言うことは、腕でしょうね。
道具に頼りすぎました。(そもそも使いこなせていない)
それでは、また。
こんばんは。
SevenFiftyです。

飯高駅は昨年行きました。
目的には飯高駅より西側にある茶倉駅からほど近い深野のだんだん田です。
まもなく田んぼに水が入ります。
それが最も見ごろなんですよ。

わたしのブログのコメントから。
>ところで、カメラはデジイチですか?
デジイチなんてとんでもないです。
7年前のコンパクトデジカメですよ。
AUTOで撮るかシーンモードを使うくらいです。
桜井の駅さん、こんにちは。
桜井の駅さんに遅れること半月、ようやくUPでした。

> 5体ののお地蔵さんの事・・・
去年までは「赤いよだれかけ」はしていませんでした。赤なので目立っていました。
> 礫石私も見てません。また行かねば(笑)
あれまぁ、同じですね。良く知る方からすれば、何しに行ったのかと言われそうですね。
いつか和泉の山奥でバッタリお会いしましょう。(笑)
それでは。
T2さん、こんにちは。
ご覧ただいてありがとうございます。
>文字は当て字で「表音」・・・
そうなんですね。昔の人は当地の風土がイメージされるような名付けをされていたのでしょうね。
ある意味、暴走族もそうなのか・・・

この峠は周囲の環境もあって、漠然とですが「何かいい感じ」がするのです。
それでは。
やっぱり動画はリアルですねえ。私は先週ですので鮮明に記憶が蘇りました。
5体ののお地蔵さんの事を言っておられたんですね。
礫石私も見てません。また行かねば(笑)
ちんぷ(陳腐)と書きながら珍しい(「珍重」)と読ませるとは・・・先日の暗峠もクラガリ・・・やはり、歴史ある地域には意味ありげな地名が・・・
神話の神々の名前も含めて、文字は当て字で「表音」に意味があるのでは・・・などと考えております。

しかし・・・見事な「切り通し」、山を迂回しない、何か意図がやはりあったのでしょうね・・・謎ばかり(汗)






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