プロフィール

nmtr220

Author:nmtr220
セローに跨り自由気ままに
画像と映像でレポートする備忘録ブログです。

酷道・険道・林道から生活道路、その他何でも有り
しかし、メジャーな観光地はほとんど無し。

カレンダー
FC2カウンター
最新記事
リンク
このブログをリンクに追加する
月別アーカイブ
カテゴリ
最新トラックバック
StyleKeeper
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

フリーエリア

2011.06.27    カテゴリ:  風景・風情 

   天平の古道を往く~京都府道5号木津信楽線~

~かつて「恭仁京東北道」と呼ばれた古道~


天平の時代、聖武天皇が遷都と同時に造営した離宮を結ぶ古道が造られた。


この道は山々を縫うよう蛇行して流れる和束川に沿って走っている。

かつて「恭仁京(くにきょう)東北道」と呼ばれていたこの道が、

現在の京都府道・滋賀県道5号木津信楽線です。

kunikyo



1300年近くもの昔、天皇の御幸の行列や戦の大群が歩み固め、形造ってきたこの道

現在では点在する集落を繋ぎ、山々を彩る茶畑が広がる長閑な地方道として

今なお生き続けている古道なのです。

kunikyo



暇つぶしにでもご覧ください



天平の古道を往く~京都府道・滋賀県道5号木津信楽線~110525

京都府相楽郡和束町の狭小路の始まりから滋賀県との府県境まで約6.5㎞、
点在する集落と山々を彩る茶畑が広がる区間を等速でお送りします。









♪Music♪
Touch (ft. Jacinda Espinosa)
When I walk with you (ft. ZoeBee (Ann Bailey))
by Benjamin Orth
http://ccmixter.org/people/Benjamin_Orth
"ccMixter2010"


これまでの動画はこちら
Youtube
ワッチミー!TV
Zoome


★余談ですが・・・
~あの勝間さんはバイク好きだった~

勝間和代公式ブログ: 私的なことがらを記録しよう!!

メディアでおなじみの評論家であるこの方、急に親近感がわいてきました。
最近自損事故をされたとか
一度訪問してみては・・・

※njさんのサイトがちょっと繋がりにくいようですので削除しました。


奈良時代、政情不安により聖武天皇が遷都を繰り返した時期、

朝廷は反乱などの難を逃れるため一時期、恭仁京(くにきょう)・現在の京都府相楽郡加茂町に都を構えます。

天平14年 (742年)には「恭仁京東北道」が開通し、

その後、紫香楽宮(しがらきのみや)・現在の滋賀県甲賀市信楽町に離宮の造営が始まりました。

kunikyo


紫香楽宮では盧舎那仏(大仏)造営も始まっていたそう。

長引く天災、飢饉など多難な時代背景により中止となりましたが、

奈良の大仏ではなく、信楽の大仏となる可能性もあったのです。

kunikyo




※詳しくはこちら
国史跡紫香楽宮跡 公式WEBサイト


こんな歴史ある道とはつゆ知らず、

のんきにのんびり通過していたのでした。




それでは、また。


※最後までご覧いただき、ありがとうございます。

↓↓ランキングも参加しています。よろしくお願いします。↓↓
にほんブログ村 バイクブログ ビッグスクーターへ
スポンサーサイト

2011.06.21    カテゴリ:  寺社・仏閣・史跡 

   【聖地徘徊】早朝の高野山通り 110518

~朝日が眩しい高野山、早朝の聖地徘徊編~

空海が愛した高野山、古より多くの人々を誘う聖地




先月の紀伊半島山奥めぐり、 いつも通過するだけの高野山ですが

朝早く到着(AM6:30着)したので、遠慮なく徘徊走行が出来ました。

毎度タイムリーなレポでは無く、お恥ずかしいですが・・・

koyasan_haikai


ちょうど昨年通過したのも5月で、やっぱり狭い道狙いでした・・・
昨年のレポートはこちら
【街道紀行】国道371と480号線の重複区間(10/05/15)


朝日の差し込む、奥の院参道への入口「一の橋」にて
koyasan_haikai


さすが聖地、20万基を超える墓石・祈念碑・慰霊碑の数々が林立する場所ですが

早朝の現実は住民の方々とワンちゃんの朝の散歩コース。

奥の院内、ワンちゃんが例のポーズでがんばっていました。



これからの季節、涼を求めた観光客でごった返し、メイン道路は渋滞し駐車場は満杯。

落ち着いて徘徊など出来なくなることでしょう。

koyasan_haikai


いにしえより多くの人々を誘ってきた高野山、
こころのやすらぎを求め、様々な願いを胸に参拝された方々の足跡があります。



今回も動画とセットでご覧ください。



【聖地徘徊】早朝の高野山通り~Koyasan-St. of the early morning~110518

~朝日が眩しい高野山、早朝の聖地徘徊編~
The Koyasan is one of the world cultural heritage in Japan.








♪BGM by SHW Free music
http://shw.in/sozai/
Copyright(C) SHW All rights Reserved.


これまでの動画はこちら
Youtube">Youtube
ワッチミー!TV">ワッチミー!TV
Zoome">Zoome

※njさんのサイトがちょっと繋がりにくいようですので削除しました。


高野山大門の手前7.5㎞地点に、花坂の「矢立茶屋」と大樹のテーブルがありました。
koyasan_haikai

ご存じ、名物「やきもち」はこんな朝早くから売ってません。


シャレのきいた店主である
koyasan_haikai

ちょっと読んでみてください。これは一度店主にお目にかかりたい。


ガラ空きの高野山道路をゆうゆうと(ノロノロと)上ること10数分、高野山の入口「大門」に到着。

ここまで来ると流れる空気が違います。(早朝なので特に・・・)

丹塗りの大門(1705年再建、重要文化財)
koyasan_haikai

大門と言えば金剛力士像、さすがスゴイ迫力です。

向かって右の阿形(あぎょう)
koyasan_haikai

こちらは吽形(うんぎょう)
koyasan_haikai

東大寺南大門の金剛力士立像よりはちょっと小さ目で、睨みをきかす向きが違います。


大門のスケールに圧倒されながら、徘徊スタート。

寺院の建ち並ぶ高野山通りもがら空き、見かけた僧侶の方はお一人だけでした。



世界遺産・金剛峯寺表門は良く手入れされ綺麗でした。
koyasan_haikai
参道には落ち葉一つ落ちていません。既に手入れ後だったのでしょう。


「一の橋」では、バイク路駐に気が引けるほどスペースがありません。

ちょっと路駐で散策出来るような所ではありませんでした。
koyasan_haikai


確か大昔、小・中学校の遠足か何かで来た覚えがある。
明智光秀の墓石がパックリ割れていたのが記憶に残っています。当然、今も・・・


最後は無料の「中の橋駐車場」から
koyasan_haikai



※今回の早朝のバイク徘徊、ひょっとして宿坊でお泊りの方に迷惑だったかも知れません。

多くの僧侶の方々は既に修行に入った時間帯だったのかも・・・

周囲があまりにも静かで鳥の鳴き声しか聞こえない場所なので、

ノーマルマフラーのGマジェでも結構騒音をまき散らしました。


朝の「中の橋駐車場」では、数組のご夫婦がお遍路さんの白装束に着替えておられました。

四国お遍路の帰りに立ち寄ったとおっしゃる名古屋のご夫婦のカメラマンを申し出ました。

古いデジカメだったが、ちゃんと撮れただろうか・・・

ご夫婦でのお遍路、いいですなぁ~・・・


それでは、また。

※最後までご覧いただいて、ありがとうございます。

↓↓ランキングも参加しています。よろしくお願いします↓↓
にほんブログ村 バイクブログ ビッグスクーターへ

2011.06.15    カテゴリ:  風景・風情 

   奥瀞道路「月夜のパーキング」と森のなかまたち

~奥瀞道路にある穴場的パーキングのご紹介~


国道169号線:奥瀞(おくどろ)道路を走ったことのある方はご存知だったでしょうか?


先月の玉置神社からの帰り道のこと、

国道169号線沿い、全国唯一の飛び地の村として知られる「和歌山県東牟婁郡北山村」を通過の際、

ひっそり目立たず存在するパーキングがありました。


「奥瀞道路月夜のパーキング」
tukiyo_parking

なんともメルヘンチックなネーミングではないしょうか。


奥瀞道路の開通記念碑の斜め前、国道のカーブからわずか離れた場所にありました。
tukiyo_parking

トンネルを出た先の急カーブの先なので、気付きにくく今まで見逃していました。


設備や東屋などのデザインもメルヘン
tukiyo_parking
外灯もつくしの形で面白い


パーキングの奥、トイレ等のある施設前に面白いモニュメントがありました
tukiyo_parking
この施設は警察官の詰所でもあるようですが、当然不在でした。


森のなかまたちが焚火に集い、月夜の宴を楽しんでいます。


それでは今回も動画とセットでご覧ください。



奥瀞道路 月夜のパーキングと森のなかまたち

奥瀞道路月夜のパーキングから不動バイパスとの分岐まで、
国道169号線沿い、主に北山村地区の長閑な山村集落内を等速でお送りします。
(また字幕訂正がありました:北上川⇒北山川 あ~ぁ)







♪Music
Goodbye to Spring
by Josh Woodward
in Only Whispering (remix v2.0, July 2010)
http://www.joshwoodward.com/

Special Thanks to Josh Woodward
for the use of the songs “Goodbye to Spring” in Album “Only Whispering” (remix v2.0, July 2010)
Thanks for making great music available for my video.
Check out more of his awesome music at:
http://www.joshwoodward.com/

♪BGM by WindSphere
http://windsphere.biz/
Copyrights(C)2008 watch. All Rights Reserved.


これまでの動画はこちら
Youtube
ワッチミー!TV
Zoome


nj live nj(エヌジェイ)さんの最新ライブがありました、一度ご覧ください。
http://www.ustream.tv/recorded/15262160



パーキングから望む、すばらしい北山峡の山々
tukiyo_parking


東屋からは北山川の峡谷が一望できます。
tukiyo_parking


奥瀞道路(国道169号線)や道の駅「おくとろ」に行かれる際は、

是非この「月夜のパーキング」に立ち寄られ森のなかまたちの宴をご覧ください。

tukiyo_parking
(ちょっとあれだが、トイレもあります)

※ご注意
「月夜のパーキング」と言う名称ですが、月夜の晩に行くところでは無いような気がします。m( __ __ )m


「奥瀞道路月夜のパーキング」はこちら




毎年この時期はいけません。
せっかく梅雨の晴れ間に出かけたのに、どうも”ノリ”が悪いのかすぐ引き返し帰宅しました。
確か、去年もそうだった気がする。
仕事など身の回りに気になることが有るのか無いのか・・・、そんなもの常にあるのだが・・・
妻曰く、「気分転換にバイク始めたんちゃうん?」、おっサル通りであるが、
実はそうではないような気がする。

よくよく考えると、バイク置場(ミニバイク程度のスペース)からの出し入れが面倒なのだ。
バイクを引きずっての出し入れにそれぞれ10~15分、ハアハアするのである。
すでに大台を超えた身、気分+ヤル気+体調が整ったときに出かける事にしよう。

結局、年なのであった。
これはオチではありません。(^v^)


それでは、また。

※最後までご覧いただき、ありがとうございます。

↓↓ランキングも参加しています。よろしくお願いします。↓↓
にほんブログ村 バイクブログ ビッグスクーターへ

2011.06.11    カテゴリ:  風景・風情 

   【Nature Scene】天狗木峠と野迫川村の雲海 110518

~Sea of clouds at Nosegawa village~
@和歌山・奈良県道53号高野天川線



この日(もうすっかり過去の05/18のこと)は、紀伊半島の真ん中を徘徊するため、まずは高野山へ向かった。

第1目標は昨年も訪れた野迫川村で「雲海が見れるかな」程度の軽い思い。


運が良ければが見ることができるとの情報をもとに、夜明け前に自宅を出発。

ところがこの時期、日の出はすっかり早くなり、5時過ぎにはもう明るくなってきました。


放射冷却の影響か、京奈和自動車道の無料区間では濃霧のため視界が効かず

前方の低速トラックにくっついて、ようやく高野山の大門に着いたのが6時過ぎ。


早朝の高野山はひと気も通行する車も少なく、あたりは朝日を浴びて幻想的でした。

これはチャンスとばかり、つい徘徊走行してしまって思いのほか時間を食い、

野迫川村方面に向かったのはもう7時を過ぎてしまった。

(高野山通りの徘徊レポートは近々にでも)


※雲海は無理かなぁーと思い、経過写真がほとんどありません。

通過するだけと思っていましたが、なんと見れました。

sea_of_clouds



毎度タイムリーなレポで無く、お恥ずかしい。


今回は動画をメインでご覧ください。



【Nature Scene】天狗木峠と野迫川村の雲海 110518
~Sea of clouds at Nosegawa village.~

※ほとんど無風状態だったので雲海に波がありませんでしたが
この迫力を残す技量の無さをご覧あれ・・・







♪Music Material
http://musicmaterial.jpn.org/
Copyright (C) Music Material All rights reserved.


これまでの動画はこちら
Youtube
ワッチミー!TV
Zoome

※njさんのサイトがちょっと繋がりにくいようですので削除しました。


高野山のメインストリートから高野龍神スカイラインの分岐を過ぎ、

昨年走った国道371号線の酷道区間の終わり、「摩尼トンネル」の手前を右折して

和歌山・奈良県道53号高野天川線に入る。


この県道高野天川線は「高野大峯街道」とも呼ばれ、現在の国道168号線が出来るまでは

高野山と大峯山とをつなぐ巡礼の街道として、昭和の始め頃まで多くの巡礼者で賑わったそうです。


昨年の酷道レポートはこちら
国道371号線(通称:玉川林道)の酷道区間と景勝地


「陣ケ峰」の尾根伝いに約10km弱、時間にして10数分で「天狗木峠」に到着。標高は約970m

ここは和歌山県伊都郡高野町と奈良県吉野郡野迫川村との県境ですが、

展望は無いように見えました。  が・・・・

ありました。

sea_of_clouds


「天狗木峠」の名の由来は不明ですが、

天狗は修験者を守護する山の神で、日本古来より伝わる精霊の一種。
(「日本の神様・仏様まるごと辞典」より)

何となくぴったりの名称です。


さて、ここがベストポイントなのかは分からなかったが、急いでカメラをセット。

sea_of_clouds



sea_of_clouds
(今は無きSANYO Xacti CG65:F/5.6、1/625秒、ISO-50、オート+ワイコン付けたまま)


sea_of_clouds
(Nikon D5000:F/14、1/800秒、ISO-200、オートの結果がこれだった)

WBなどいろいろ試したが、これが精いっぱい。

「猫に小判」的デジイチの設定はデジカメ感覚のオートです・・・トホホ


太陽方位から、夜明け前に来ていたら深い青やピンク色に染まる雲海が残せたかも知れません。

これは深夜出発でないとお目にかかれないようだが、深夜の高野山道路はちょっとマズイかも・・・

まあ、初めて来て見れたのだから良しとしましょう。



こんなところでした。



野迫川村の雲海は人気スポットらしいが、

この日は平日でもあったのでカメラマンは誰一人見かけませんでした。
(こんなに日が昇ってしまったら皆さん引き上げたのかも知れません)


いずれヤル気が湧いた時に再チャレンジしたいと思います。

それでは、また。


※最後までご覧いただき、ありがとうございます。

↓ランキングも参加しています。よろしくお願いします。
にほんブログ村 バイクブログ ビッグスクーターへ

2011.06.07    カテゴリ:  風景・風情 

   【through the forest】木地師の里と林道御池線110525

~山深い鈴鹿山中、かつて「木地師の里」として栄えた集落を繋ぐ舗装林道~


この日「石榑峠」探索の後、久しぶりに向かった滋賀県道34号多賀永源寺線ですが、

残念ながら途中の通行止め表示、犬上郡多賀町方面へは行け無いようなので急きょコース変更。
oike110525
(動画からの抜き取り画像です)


過去のレポートはこちら
09.12.09 初冬の犬上ダムと洗い越し

09.08.26 犬上ダム@滋賀県道34号多賀永源寺線

09.08.26「洗い越し」と東近江市立政所小学校跡


国道421号線から滋賀県道34号線を走り、政所町へ向かいます。


「茶摘み歌」
♪宇治は茶所、茶は政所、娘やるのは縁所~宇治は茶所、茶は政所、味のよいのは九居瀬の茶~

聞いたことが有るような、無いような・・・

ここ政所町は、あの秀吉も好んだ銘茶として全国に名の知れたお茶の産地です。


今回も廃校になった東近江市立政所小学校跡に立ち寄った。
oike110525

この環境にはあまりにも不釣り合いなほど立派で、フェイクの木組みが印象的な校舎です。


建物正面2Fに歴代の校長先生と思われる古い写真見えます。
oike110525


カーテンが閉じられていないので、公開されているのだと思う。

多くの写真から、林業が盛んだった頃のこの地の繁栄が垣間見えます。

(後で気付いたが、看板の文言から見学ができるのかも知れません)



御池川(おいけがわ)沿い、蛭谷町(ひるたに)の集落を過ぎたあたりに林道御池線への分岐があります。


分岐からしばらく進むと君ケ畑の集落内を通過し、林道御池線で多賀方面に向かうことになります。

君ケ畑は、はるか1100年以上の昔「木地師発祥の地」としてかなり有名なところ。

oike110525


動画とセットでご覧ください。



【through the forest】木地師の里と林道御池線110525

※字幕の誤字等、ご容赦のほど。








♪BGM by H/MIX GALLERY♪
http://www.hmix.net/
Copyright(C)2009 Akiyama Hirokazu. All rights reserved.


これまでの動画はこちら
Youtube
ワッチミー!TV
Zoome


東近江市君ヶ畑町の集落には数十軒の民家がありますが、一部廃屋となった建物も見受けられます。

昔ながらの伝統的な家屋が今なお残されており、冬季の雪深さが想像されます。


道路沿いに「君ヶ畑ミニ展示館」があったので覗いてみました。
oike110525

職人技の数々が展示されています。
oike110525
(SECOMのシールが貼られていました。SECOMさんもスゴイがどこの拠点から来るのだろうか?)



「木地師」とは

山の木を伐採し、ろくろを使ってお椀やお盆、こけしなどをつくる技を持つ人々(職人さん)のこと。

今から1100年以上の昔、惟喬親王(これたかしんのう)がこの地に隠棲した折、

ろくろで木地を加工する技術を編み出したのが始まりとされているそうです。

親王はその技法を木地師に教え、木地師たちは全国にちらばって木地製品を広めたようです。


かつて木地師は「日本全国の山に勝手に入ってよい」という免状を持っていたそうで

江戸時代には山の8合目以上の木を自由に伐ってよかったそうです。

しかし明治の地租改正により所有者の許可がなければ伐ることができなくなり、

生業として成り立たなくなり衰退していったようです。


※集落の様子をたくさん写真に納めたかったのですが、数軒の民家からの視線が痛く

これだけです。
oike110525



集落の外れ「ノエビア鈴鹿高山植物研究所」の先にある林道御池線の終点表示
oike110525


ノエビア鈴鹿高山植物研究所


舗装林道ではあるが、落石や路上河川化したところが後を絶たず、全く気を抜けない道ですが

周囲の景観は言うことがありません。

oike110525
あちこちの空地に四駆車が止まっていましたが、どうやら釣りをしているようでした。


落石・路上河川でいっこうに速度が上がらず、ようやく峠付近の表示板
oike110525


道路脇には植林されて間もないところもあります。
oike110525

この林道はこれからも維持管理され利用されることでしょう。


思いのほか時間を食ってしまい、鈴鹿山中の廃村めぐりはまたの機会に。


最後に、ろくろ工房「君杢(きみもく)」についての記事がありますのでご紹介しておきます。
oike110525

------(2011年1月3日 読売新聞より)------
発祥の地技磨く木地師
200年ぶりに復活 「ベスト尽くすだけ」
木の最も美しいところを引き出そうと、ろくろに向かう小椋さん(東近江市君ヶ畑町で)
材料の木材が積み上げられた工房で、高さ60センチの電動ろくろの前に座る。
円盤状に切り出した直径約30センチの木をセットして、スイッチを入れる。
車輪のように縦に高速回転する木の表面に、長い柄の付いた「ろくろ鉋(かんな)」の刃を当てる。
木くずを飛び散らせて削り、くぼみを作っていく――。
「以前は刃が引っ掛かって、よく木を飛ばしたもんや」
東近江市君ヶ畑町で唯一の木地師、小椋(おぐら)昭二さん(59)は顔を上げ、
盆の形になった木地の仕上がり具合に視線を注ぐ。
15年前、「発祥の地で200年ぶりの木地師復活」と騒がれた〈伝承者〉は、
「木の最も美しいところを見せたい」という目標に向かって日々、技術を磨く。
   ◇
ろくろを使い、盆や椀(わん)などの木地を作る職人を「木地師」と呼ぶ。
発祥の地とされる三重県境に近い山里・小椋庄の君ヶ畑地区。
約1100年前、皇位継承争いに敗れた惟喬(これたか)親王が都落ちしてこの地に隠棲(いんせい)し、
木地師の礎を築いたという。
周囲の山々から切り出される良質の木で盆や椀のほか菓子器、茶入れなどが数多く作られ、
小椋庄は「木地師の里」として知られるように。
多くの木地師が輩出、全国に広がったが、
君ヶ畑地区では江戸後期に最後の木地師が没して以降、技術を継ぐ者は現れなかった。
   ◇
小椋さんは、地区で代々続く製材所の次男に生まれた。
18歳で家業を手伝い始めたが、1980年頃から原価の安い海外産に押されるなどし、仕事が減った。
林業をやめ、山を下りる人も増えた。40歳を過ぎた頃から「木に携わる物づくりをしたい。
この地で続けるなら、木地師しかない」と思うようになった。
94年末、富山県内のろくろ作品展に足を運び、会場で、愛知県豊田市の木地師・安藤英一さん(86)を紹介された。
95年8月、約束なしで訪ねた安藤さんの工房。
「君ヶ畑から来たなら教えん訳にはいかん。でも君ヶ畑で木地師をするなら、ええ加減なことはするな」。
いきなり、「君ヶ畑」の重みを突き付けられた。
ろくろの使い方を教わり、その場で2時間、菓子器を作った。「面白くない。出来すぎじゃ」。
安藤さんがぼそっと言った。「元々、木工をしとったし、割とスムーズに出来るもんやな、と思ったけどな」
1か月後、自宅そばにろくろ工房「君杢(きみもく)」を開き、デビュー。
発祥の地での木地師復活にマスコミも押し掛けたが、番組収録中に木を飛ばす失敗もあった。
現実は甘くなかった。発祥の地とは言え、資料はない。自己流に技術を磨き、試行錯誤が続いた。
「木の一番美しいところを見せる」。
そのために、漆は塗らず、削りと磨きだけで木目の美しさや艶、滑らかさを追い求める――。
デビューから1年。それまでにない手触りの盆が完成した。
うれしくて、枕元に置いて一晩中触り続け、安藤さんに見せた。
「焼き印入れて、売っていい」。最高の褒め言葉だった。
   ◇
盆は水洗いができず、茶渋で磨く。時間がたてば、漆を塗ったようなあめ色になる。
50年、60年と使え、親から子へ、子から孫へと受け継がれ、かけがえのないものになる。
それが、小椋さん自身も教わった、盆の使い方だという。
発祥地として、君ヶ畑を木地師やお客が訪れる。人間国宝も立ち寄ることがある。
「どんな風に見てるんやろか」と、ふと不安に駆られることも。
ここで木地師を続けるのは怖い。だから長年、君ヶ畑で木地師が途絶えたのかもしれない。
木地師になって15年がたった。目指す頂にはまだまだだが、今日もろくろを回し続ける。
「自分のベストを尽くす。それしかないさかい、な」
(山下陽太郎)
(2011年1月3日 読売新聞)


帰宅後、早速我が家の「お盆」はどうか見てみると、

・・・・・・・案の定、樹脂でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・。



それでは、また。

※最後までご覧いただき、ありがとうございます。

↓ランキングも参加しています。よろしくお願いします。↓
にほんブログ村 バイクブログ ビッグスクーターへ


Copyright © 気楽にバイクライフ ●▲■ All Rights Reserved.
Template basically designed by Sceneway,  Powered by FC2 Blog